「安全になった気がする」の提供
LWN.netより。オーストラリアのLinux conferenceで、セキュリティの話があっ
たらしい。
http://lwn.net/Articles/266358/
SELinuxについても、例として挙げられていた。
A system running SELinux may, in fact, be highly secure. But many
administrators still turn it off. SELinux does not make them feel secure
because they do not understand it, and they fear (rightly or wrongly)
that it will interfere with the proper operation of the system. But, by
turning it off, they undoubtedly expose themselves to a number of
attacks which SELinux would block.
SELinuxは、確かに安全性を高めるものであるにも関わらず、
オフにされていることについて、その理由の一つとして、
「ユーザーに安全になった気分を提供しないから」と書いてある気がする。
安全になった気分の提供は、確かに重要だ。
SEEditも、「設定を分かるようにする」という意味で、安全気分に貢献しそうな
ものだが、何かが足りない。